扶她自书籍导读——读一读维特根斯坦

扶她自书籍导读——读一读维特根斯坦

原名:ブックガイド~ウィトゲンシュタインを読んでみる~

收录于:素晴らしき日々~不連続存在~ 公式ビジュアルアーカイヴ,p142-143

原文节选

众所周知,《美好的每一天》这部作品深受哲学家路德维希·维特根斯坦的影响。如果你想更好地理解《美好的每一天》,我建议你一定要读读维特根斯坦的著作……不过,实际上,通过《美好的每一天》去读《逻辑哲学论》的大多数人都会觉得“完全看不懂!”如果是西拉诺·德·贝热拉克的作品,一读就会觉得“有趣!”而遍在转生的原型《轮回转生的思考:一死生学的彼岸》渡边恒夫著(讲谈社),虽然已经绝版无法阅读,但如果能读到的话,也不会觉得难懂。《逻辑哲学论》这本书,连现代数理逻辑学和分析哲学的奠基人戈特洛布·弗雷格读到第一句话就失去了兴趣,甚至让大名鼎鼎的伯特兰·阿瑟·威廉·罗素都产生了误读。

我认为很少有人能突然读懂那种东西。这本书是为那些即使如此也想读《逻辑哲学论》!想读维特根斯坦文章!愿意走这条荆棘之路的人准备的受虐专用书籍指南。最后我要声明一下,读维特根斯坦的书既不会让你的心灵变得丰富,也不会让你的精神变得纯净,更不会让你的肌肉变得发达,不会让你找到女朋友,也不会让别人尊敬你(随便提起这种话题反而会让人讨厌)。如果你想让心灵变得丰富,我建议你听他喜欢的古典音乐;如果你想变得纯净且肌肉发达,或许你应该像他那样拿着托尔斯泰的《福音书摘要》奔赴战场(顺便说一下,维特根斯坦在第一次世界大战时就是这么做的)。如果你想找女朋友,绝对不要读这种书;如果你想被尊敬,或许在网上成为“神”更合适(大多数“神”都是非法的)。总之,这并没有什么好处。即便如此,如果你还是想要挑战,那就打开这本书吧!开启这场无尽的耐力赛的序幕吧!

国産編

在国内出版的维特根斯坦入门书籍中,以下三本书知名度最高,实用性也很强。如果你想阅读维特根斯坦的相关书籍,建议按以下顺序进行:

●《维特根斯坦入门》永井均著(筑摩新书) 这本新书不仅适合那些之前只听过维特根斯坦名字的一般读者,还能让他们对维特根斯坦的哲学产生兴趣。书中内容非常易懂,同时也涉及了哲学中的高级问题,是初次阅读的理想选择。

●《阅读维特根斯坦的〈逻辑哲学论〉》野矢茂树著(筑摩学艺文库) 虽然作为《逻辑哲学论》的解说书,这本书有些独特,但仍然是阅读《逻辑哲学论》不可或缺的一本书。可以说,《美好的每一天》中的《逻辑哲学论》理解基础全都源自这本书,我也多次与《逻辑哲学论》一起反复阅读。

●《维特根斯坦是这样想的》鬼界彰夫著(讲谈社现代新书) 这是三本入门书中最新的一本,基于近年来发表的最新遗稿编写而成。虽然作为新书来说较厚,价格也相对划算,但作为初次阅读的书籍,可能门槛稍高。

以上三本书各有特色,但仅凭这三本书还难以全面理解维特根斯坦。例如,还有一些入门书是以以下这样的序言开始的。

“维特根斯坦的哲学无法与他独特的写作风格分开,而这种风格又与他的人格密不可分。(中略)不过,冷静下来想一想,现在的我甚至没有信心能以一本书的形式实现自己满意的目标。”(《维特根斯坦——语言的界限》)

以这样的序言开始的维特根斯坦入门书,是否比上述三本书逊色呢?绝对不是。饭田隆先生是日本分析哲学中不可或缺的哲学家。他不仅是著名的(虽然只在部分爱好者中)《维特根斯坦读本》的编者,也是理解语言哲学时必备的《语言哲学大全》系列的作者。因此,除了上述三本书,强烈推荐您阅读:

●《维特根斯坦——语言的界限》 饭田隆/著(讲谈社) 特别是主要著作的摘要和关键词解读,对理解维特根斯坦大有帮助——强烈推荐阅读。顺便提一下,饭田隆先生关于维特根斯坦的研究书籍还有以下几本,但坦白说,这些书不适合作为维特根斯坦入门书。不过,如果问这些书是否重要,我可以肯定地说它们非常重要。

●《语言哲学大全Ⅱ 意义与情态》 饭田隆/著(劲草书房) 这本书从维特根斯坦的《逻辑哲学论》到奎因,特别探讨了规则主义的形成与解体。《语言哲学大全》不是读完就结束的书,而是值得反复阅读的书。我自己最近在阅读戴维森的《真理与谓词》时,因其难度而困惑,正是《语言哲学大全Ⅳ 真理与意义》帮助我理解了它。如果您打算认真以哲学为兴趣,这本书绝对值得推荐。

●《维特根斯坦读本》 饭田隆/编辑(法政大学出版局) 作为入门书是否推荐呢?完全不推荐。坦白说,如果您对寄稿学者的名字不熟悉,这本书可能不会很有趣。我自己在学生时代曾作为维特根斯坦入门书之一阅读这本书,但由于是论文集,整体缺乏连贯性,完全无法理解。几年后再读时,才因为“哦!是这个人写的!”、“哦,这是他那个时期的论文!”而感到有趣,但这种阅读方式显然不能称为入门书。

●《维特根斯坦小辞典》 山本信、黑崎宏/编辑(大修馆书店) 这本书非常紧凑,适合小规模的查询,表现出色,堪称实用的小辞典。顺便提一下,书中不仅涵盖了维特根斯坦喜欢的古典音乐,甚至还有他喜欢的电影女演员等内容。

海外編

国内的维特根斯坦研究非常活跃,本身就是一个足够有趣的领域。然而,如果你想更深入地理解维特根斯坦,那么阅读国外的维特根斯坦研究书籍是必不可少的。以下几本书作为入门书籍非常有名:

●《维特根斯坦:天才哲学家的回忆》诺曼·马尔科姆著,板坂元翻译(平凡社图书馆)。这本书由维特根斯坦的弟子兼朋友马尔科姆撰写,内容非常易读,充分展现了维特根斯坦的魅力。不过,由于作者是他的弟子,书中可能有些过于美化的倾向。

●《维特根斯坦:天才的责任》雷·蒙克著,冈田雅胜翻译(みすず书店)。这本书分为两卷,是目前最详尽的维特根斯坦传记(如果麦吉尼斯的下卷未出版的话)。虽然内容并不难懂,但篇幅相当长。书中准确地描述了马尔科姆版中未提及的维特根斯坦的负面部分,使读者能够更公正地看待维特根斯坦。

●《维特根斯坦评传:青年时代的路德维希1889-1921》布莱恩·麦吉尼斯著,藤本隆志、宇都宫辉夫、今井道夫、高桥要翻译(法政大学出版社)。目前仅出版了上卷,如果下卷出版,这将成为最详尽的传记之一。由于严格考证史料,这本书具有极高的资料价值。不过,有时你可能会质疑了解维特根斯坦到如此细致的程度是否有意义。然而,与其随意阅读各种维特根斯坦传记,不如静下心来认真阅读麦吉尼斯和蒙克的作品,这样更为合理。

●《维特根斯坦的维也纳》斯蒂芬·图尔明、阿兰·S.贾尼克/著,藤村龙雄/译(平凡社图书馆) 维特根斯坦通常被归类为英美哲学的一部分。在这种语境中,他与故乡维也纳的联系很少被提及。《维特根斯坦的维也纳》从他作为世纪末维也纳文化人之一的角度进行叙述。通过阅读这本书,你会明白为什么维特根斯坦在英美哲学中显得如此独特。

●《维特根斯坦的悖论:规则、私人语言、他人的心灵》索尔·A.克里普克著,黑崎宏译(产业图书) 本书通过维特根斯坦的《哲学研究》探讨“遵循规则意味着什么?”这一问题。书中还提到了著名的“不是加法(+)而是クワス”的概念。这本书的出版在当时震惊了世界,据说柄谷行人的《探究》等作品也更多地受到了克里普克的影响。本书认为后期维特根斯坦的核心议题是“规则”,这一观点引发了正统维特根斯坦研究者的诸多质疑,甚至还创造了“克里普根斯坦”这一新词。

维特根斯坦的著作

维特根斯坦的著作不仅仅是难懂。他的《逻辑哲学论》被认为是他自己都觉得难读的作品,而他之后试图写得更易懂的中期、后期和晚期作品也同样难懂。实际上,维特根斯坦的魅力在于他的人性和作品的难解性。可以说,正因为维特根斯坦的难解性,才诞生了像“克里普根斯坦”这样的哲学家。维特根斯坦的工作之一是对笛卡尔以来的心身二元论哲学传统进行根本性的批判,但更清晰地表达这一观点的吉尔伯特·赖尔的言论却很少被引用,他的主要著作《心的概念》也已绝版(而且价格高昂)。尽管对笛卡尔心身二元论的批判经常被提及,但赖尔的名字却很少出现,这既令人费解,又在某种意义上是必然的。哲学书籍因其难解性而吸引人,这种倒错的现象使得哲学和思想领域很容易产生对晦涩语言的崇拜。维特根斯坦的著作在这方面尤为突出,迷惑了后世的人们,这也颇具意味。为了帮助大家理解“最为自由”的含义,引用以下文字:

“维特根斯坦对哲学史的无知是传奇性的。不幸的是,他的许多信徒也表现出同样的无知。”(西蒙·克里奇利《哲学家的死亡方式》)

我认为没有哪个哲学家像维特根斯坦那样不读哲学书。实际上,他称牛津为“哲学的荒漠”,原因是牛津重视基于古典哲学的研究。对于维特根斯坦来说,哲学是要用自己的头脑去思考的,这种做法可能让他无法接受,但我认为这是不公平的评价。

不重视古典哲学的维特根斯坦可以毫不犹豫地说“康德的意思我不明白”“克尔凯郭尔太深奥了,难以理解”,在艺术方面,他也无法理解莎士比亚的乐趣,甚至说“对他的赞美是不是一种惯例,我无法摆脱这种怀疑”。他是最远离崇拜自己无法理解的事物的哲学家,然而他的著作却因其神秘和难解而吸引了众多信奉者,这真是极大的讽刺。因此,饭田隆在《维特根斯坦:语言的界限》的读书指南中写道:“对于那些想读维特根斯坦著作的奇特之人,该怎么办呢?”即使是饭田先生,这位总是热心地给出“读这本书”“读那本书”建议的人,也只能这样说。

那么,对于维特根斯坦的著作,比如全集,从哪里开始读也是一个令人关心的问题。令人惊讶的是,不同的哲学家在写维特根斯坦入门书时,推荐的“从这里开始读全集”的地方也不同。个人认为,读完入门书和解说书后,从全集的第一卷开始逐步阅读是最好的方法,但这也是一件相当困难的事情。因此,如果要推荐维特根斯坦最容易读的著作,我认为顺序如下:

●《维特根斯坦哲学宗教日记》由伊尔泽·佐马维拉编辑,鬼界彰夫翻译(讲谈社出版)。这是他去世42年后新发现的幻日记,结合蒙克的传记一起读会更容易理解。

●《反哲学的断章:文化与价值》由丘泽静也翻译(青土社出版)。这是维特根斯坦著作中引用率极高的一本书,可以说是非哲学的断章,或者是哲学以外的笔记、杂记。

●《草稿1914-1916》(维特根斯坦全集1)奥雅博/翻译(大修馆书店) 这是《逻辑哲学论》的草稿。相比于《逻辑哲学论》中谨慎表达或仅仅暗示的命题,这里相对明确一些,建议在阅读《逻辑哲学论》之前先读这本书。以上所列内容都是维特根斯坦并未打算发表的日记、杂记和草稿。令人惊奇的是,这些内容比他正式发表的作品更易读。最后,关于《美好时光》的基础《逻辑哲学论》的阅读方法,显然直接阅读是难以理解的。最好的方法是先阅读书单中提到的所有维特根斯坦相关书籍,然后再攻读《逻辑哲学论》。不过,说实话,这样做也未必必要(到底要不要啊!)。虽然有多种捷径,但以下顺序是最轻松且最快的:

●《阅读维特根斯坦的〈逻辑哲学论〉》野矢茂树/著(筑摩学艺文库)

●《逻辑哲学论》野矢茂树/翻译(岩波文库) 野矢版的《逻辑哲学论》是最易懂的,而且可以与入门书一起阅读,便于理解。如果仍然不明白,可以继续增加其他入门书和解说书,多次挑战《逻辑哲学论》。除了这里提到的入门书,还有很多其他选择。比如安东尼·肯尼的《维特根斯坦》野本和幸/翻译(法政大学出版局),A·C·克雷林的《维特根斯坦》岩坂彰/翻译(讲谈社选书メチエ)……随意堆积吧……

まとめ

最后,关于我对《逻辑哲学论》的理解程度,答案是“完全不懂”(笑)。至今仍在不断增加入门书和解说书,多次挑战却屡屡失败。

原文

原文节选

周知の通り『素晴らしき日々』という作品は哲学者ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインの影響を色濃く受けています。『素晴らしき日々』をより理解したい!というのであれば是非ウィトゲンシュタインを読んでいただきたい……とは思うのですが、実際『素晴らしき日々』経由で『論考』を読まれた方々の大半が「意味分からん!」となっている様です。これがシラノ・ド・ベルジュラックであれば一読「面白い!」となるでしょうし、偏在転生の元ネタである『輪廻転生を考える一死生学のかなたへ』渡辺恒人/著(講談社)であれば(絶版して読めない事を除けば)読む事は容易です。決して「意味分からん」とはならないと思います。『論理哲学論考』という本は、現代の数理論理学、分析哲学の祖であるゴットロープ・フレーゲをして一文目で読む気を失わせ、かのバートランド・アーサー・ウィリアム・ラッセルをして誤読をさせた代物です。

いきなり読んであんなもん分かるヤツなんてあまりいないと思います。これは、それでも「論考』を読んでみたい!ウィトゲンシュタインの文章を読んでみたい!という茨の道を歩みたい方々用のマゾ専用ブックガイドです。最後に断っておきますが、ウィトゲンシュタインを読んで、心が豊かになるわけでも、精神が清らかになるわけでも、筋肉ムキムキになるわけでも、彼女が出来るわけでも、他人から尊敬されるわけでも(むやみにこんな話題を出すと嫌われます)、ありません。心が豊かになるのであれば、彼が好んだクラシック音楽を聴いた方が良いと思いますし、清らかかつ筋肉ムキムキになりたいのであれば彼が好んだというトルストイの『要約福音書』を持って戦地を駆け巡った方が良いかもしれません(ちなみに第一次世界大戦でそれをやったのがウィトゲンシュタイン)。彼女がほしいのなら絶対こんな本読まない方が良いですし、尊敬されたいのであれば、ネット上でネ申を目指した方がいいかもしれません(大半のネ申は違法ネ申ですが)。つまるところ、あまりお得な事なんてありません。それでも俺はやるんだ!という方々はさぁ開くが良い!この終わり無き我慢大会の始まりの扉を!!

国産編

国産ウィトゲンシュタイン入門では以下の3つがダントツの知名度を持っており、実用度も高いものとなっています。ウィトゲンシュタインの関連の本を手に取るであれば以下の順が良いと思われます。

●『ウィトゲンシュタイン入門』永井均/著(ちくま新書) それまで名前程度しか聞いた事がなかった様な一般読者層にも、広くウィトゲンシュタインの哲学に味を抱かせた新書です。非常に分かりやすく、哲学書としても高度な問題を扱っており、最初に読むのに適した一冊であると言えます。

●『ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を読む』野矢茂樹/著(ちくま学芸文庫) 『論考』解説本としてはややユニークであるとは言え、それでも『論考』を読むのに欠かせないー冊であると言えます。『素晴らしき日々』における『論考』理解の基礎はすべてこの一冊にあるとも言え、『論考』そのものとともに何度も読み直した本です。

●『ウィトゲンシュタインはこう考えた』鬼界彰夫/著(講談社現代新書) 3つの入門書の中でもっとも新しく、近年発表された最新の遺稿群などを踏まえた形での入門書となっております。新書にしては厚めで、値段から考えるとかなりお得である反面、やや最初に読み始めるにはハードルが高めだと思われます。

以上3冊はそれぞれがユニークであり、この3冊をもってしてウィトゲンシュタインを理解したとは言い難い部分があります。たとえば以下の様な序文で始める入門書もあります。

「ウィトゲンシュタインの哲学は、彼の著作の特異なスタイルと切り離すことができない。そして、このスタイルは、彼の人柄と切り離せない。(中略)とはいえ、冷静になって考えてみれば、いまの私には、自分に対してでさえ満足の行く形で、このねらいを一冊の本という形で実現できる自信はない」(『ウィトゲンシュタインー言語の限界』

この様な序文から書き始めたウィトゲンシュタイン入門は上記3冊より劣っているのか、といえばとんでもありません。飯田隆氏は日本の分析哲学で決して外してはならない哲学者です。有名な(ただし一部のマニアで)『ウィトゲンシュタイン読本』の編者でもあり、言語哲学を理解するにはいつでも手元に置きたい『言語哲学大全』シリーズの著者でもあります。だからこそ上記3冊に加えて是非とも読んでいただきたいのが、

●『ウィトゲンシュタインー言語の限界-』飯田隆/著(講談社) 特に主要著作ダイジェストとキーワード解説はウィトゲンシュタイン読解の手助けになるためー読をおすすめします。ちなみに飯田隆氏のウィトゲンシュタインに関わる研究本としてはこれ以外では以下の様なものもありますが、正直ウィトゲンシュタイン入門という流れから読むものでは無いと思います。ですがこれらが重要かどうかとたずねられたら重要であると断言出来ます。

●『言語哲学大全Ⅱ意味と様相』飯田隆/著(勁草書房) ウィトゲンシュタインの『論考』からクワインまでを扱っており、特に規約主義の成立と解体までをテーマとしています。『言語哲学大全』は読み終わったら終了などという代物では無く、何度でも読み返す様な本であると思われます。僕自身つい最近、デイヴィッドソンの『真理と述定』なる書籍のあまりの難解さに戸惑っていた時に、その理解の助けとなったのが『言語哲学大全Ⅳ真理と意味』でした。腰を据えて哲学を趣味とするのでしたら、超おすすめの本と言えます。

●『ウィトゲンシュタイン読本』 飯田隆/編集(法政大学出版局)入門書としておすすめかどうかで言えば、全然おすすめではありません。 正直、寄稿している学者の名前に馴染みがある様な人じゃなければあまりおもしろくないと思います。と言いますのも、僕自身学生時代にウィトゲンシュタイン入門書のひとつとしてこの本を読んだのですが、なにせ論文集であるので全体としてのまとまりなど無く、理解がまったくついていきませんでした。数年後、再読した時には「ああ! この人が書いてる!り」「ああ、この人のこの時期の論文だ!」という感じで楽しめたわけですが、そういう読み方をさせている時点で入門書とは言えないと思います。

●『ウィトゲンシュタイン小事典』 山本信·黑崎宏/編集(大修館書店) 非常にコンパクトにまとめられており、小規模な調べ物などでは抜群のパフォーマンスを発揮し、まさに実用としての小辞典と言えるでしょう。ちなみにウィトゲンシュタインが好んだクラシックなどはもちろん、お気に入りの映画女優など まで押さえてくれています。

海外編

国内ウィトゲンシュタイン研究は活気もあり、それ単体でも十分楽しめる世界でもあります。ですがもう一歩ウィトゲンシュタインへの理解を深めたいというのであれば必然、海外ウィトゲンシュタイン研究本も読む事になります。そんな中で入門書として有名なのが以下のものです。

●『ウィトゲンシュタイン天才哲学者の思い出』ノーマン・マルコム著板坂元/翻訳 (平凡社ライブラリー) 弟子であり友人であるマルコムが書いたウィトゲンシュタインの姿です。非常に読みやすく、そしてウィトゲンシュタインの魅力を存分に堪能する事が出来ます。ただし、弟子であるためにやや美談すぎるきらいもあります。そういった意味では、

●『ウィトゲンシュタイン天才の責務』レイ・モンク/著岡田雅勝翻訳(みすず書店)(1)(2〉巻ウィトゲンシュタイン伝記においては最大サイズとなります(もしマクギネスの下巻が刊行されなければ)、その分かなり詳細な部分までウィトゲンシュタインを知ることが出来ます。内容そのものは決して難解なものではありませんが、ただひたすら長いです。マルコム版では書かれなかったウィトゲンシュタインの負の部分も正確に書かれており、かなり公正にウィトゲンシュタインを見る事が出来ると思います。

●『ウィトゲンシュタイン評伝 若き日のルートヴィヒ1889-1921』 ブライアンマクギネス著 藤本隆志·宇都宮輝夫·今井道夫·高橋要/翻訳(法政大学出版局) 上巻のみ既刊されていますが、もし下巻が発刊されれば最大級の伝記となると思われます。かなり厳密に史料をあたっているため、非常に資料的価値が高いものとなっています。ただしここまでウィトゲンシュタインを知る意味って何?という気持ちにならないでもないです。ですが、ウィトゲンシュタインの伝記的なものをやたら読み散らかすぐらいならマクギネスとモンクを腰を据えて読んだ方が合理的だと思います。

●『ウィトゲンシュタインのウィーン』スティーヴントゥールミンアラン・S.ジャニク/著藤村龍雄/著・翻訳(平凡社ライブラリー) ウィトゲンシュタインはいわゆる英米哲学というジャンルに含まれます。そういった文脈の中ではあまり彼の生まれ故郷であるウィーンとの関わりは語られる事がありません。『ウィトゲンシュタインのウィーン』は世紀末ウィーンに存在した文化人のひとりという切り口で語られます。この文化人のひとりという切りロで語られます。この本を読むと英米哲学の中で何故ウィトゲンシュタインがひときわユニークさを持ってしまったのかが理解出来ると思います。

●『ウィトゲンシュタインのパラドックス規則・私的言語・他人の心』 ソール・A.クリプキ著黒崎宏翻訳(産業図書) 「規則に従うとは?」という問題をウィトゲンシュタインの『哲学的探究』を経由して解き明かしていきます。有名な「プラス(+)」ではない「クワス」なる概念もこの本で出てきます。当時、この本の発刊は世界中に衝撃を与え、柄谷行人氏の『探究』などもウィトゲンシュタインよりもむし ろクリプキの影響であったといいます。 後期ウィトゲンシュタインの中心的議論は「規則」であるとした本書はその後、正当ウィトゲンシュタイン研究者から多くの疑問が出る事になり、ウィトゲンシュタインでもクリプキでもない「クリプケンシュタイン」なる造語すら生むことになりました。

ウィトゲンシュタインの著作

ウィトゲンシュタインの著作は難解というレベルではありません。本人をして読みづらい著作として仕上げたと言われる『論理哲学論考』はもとより、その後なるべく読みやすくと考えて書かれた(らしい)中期、後期、晩期にいたるすべての著作が難解です。実はウィトゲンシュタインの魅力はその人間性とそして著作の難解さであるとさえ言えます。クリプケンシュタインとてウィトゲンシュタインが難解であるからこそ生まれた哲学者だと言えます。デカルト以来の心身二元論の哲学的伝統を根底的に批判というのはウィトゲンシュタインの仕事のひとつでもありますが、それをより明晰に書き上げたギルバート・ライルの言説は引用される事が少なく、さらにその主著である心の概念』は絶版中です(しかも高い)。デカルト的心身二元論批判というのは非常に良く語られるにも関わらずライルの名があまり出ないのは不思議とも言えますが、ある意味必然とも言えます。哲学書は難解故に人を引きつけてしまうという倒錯した部分が必ずあり、故に哲学や思想というジャンルは、意味不明な言葉の羅列をありがたがってしまう風潮をすぐに生んでしまう傾向があります。実はそういった感覚からもっとも自由であったウィトゲンシュタイン自身の著作がもっともその様な重力場を出し、後世の人を惑わすというのもなかなか感慨深いものがあります。「もっとも自由であった」の意味を多くの人が理解出来ないと思いますので以下の様な引用文を出してみましょう。

「哲学史に対するウィトゲンシュタインの無知は伝説的である。そして残念なことに、彼の信奉者の多くにも同じ様な無知が認められる』(サイモン・クリッチリー『哲学者たちの死に方』)

ウィトゲンシュタインほど哲学書を読まなかった哲学者もいなかったのではないかと思います。実際、彼はオックスフォードを「哲学不毛の地」と呼びますが、理由はオックスフォードが古典哲学を踏まえた研究を重視するためです。哲学とは自前の頭を使ってやるものであるという考え方のウィトゲンシュタインには許せないものであったかもしれませんが、これはどう考えても不当な評価であると思います。

古典哲学を重要視しないウィトゲンシュタインは平気で「カントは意味が分からない」「キェルケゴールは深淵すぎて難しい」と言えますし、芸術に関してもシェイクスピアの楽しさを理解出来ず「彼への賞賛は慣例では無いか、という不信感から逃れないでいる」とまで言えてしまいます。自分が理解出来ないものをありがたがって崇拝する事からもっとも遠くにいた哲学者の著作は、もっとも神秘的で謎めいて難解な故に多くの信奉者を生む結果となったという事はきわめて皮肉であると言えます。 だからこそ飯田隆氏は『ウィトゲンシュタイン一言語の限界一』の読書案内で「ウィトゲンシュタインの著作も読みたいという奇特なひとのためには、どうしたらよいだろうか」と書いてあるのでしょう。あのやたらこの本読め」「あの本読め」とありがたい(そして気が遠くなる)アドバイスをいつでもしてくださる飯田先生にしてこれなのです。

さてその様なウィトゲンシュタイン著作、たとえば全集を「どこから読むか?」なども気になる点ですが、なんとウィトゲンシュタイン入門を書く哲学者からして「全集はここから読み始めよう!」という「ここ」が違う事があります。個人的には入門書や解説書を読み尽くし、全集を1から地道に読み進めていくというのがベストだと思いますが、それもなかなか大変なお話です。ですので、ウィトゲンシュタインの著作で一番読みやすいのを挙げろと言われたら以下の順になると思います。

●『ウィトゲンシュタイン哲学宗教日記』イルゼ・ゾマヴィラ/編集鬼界彰夫/翻訳(講談社) 死後42年たって新発見された幻の日記ですが、モンクの伝記と併せて読むと理解しやすいと思います。

●『反哲学的断章一文化と価値丘沢静也/翻訳(青土社) ウィトゲンシュタインの著作中でも、引用率が 異常に高い本であると言えます。非哲学的断章、もしくは哲学以外のメモ、雑記という言い方がしっくりくると思われます。

●『草稿1914-1916』 (ウィトゲンシュタイン全集1)奥雅博/翻訳(大修館書店) 『論理哲学論考』の草稿です。『論考』で注意深く語らず示しただけの命題についても比較的明示されており、『論考』の前に読む方が良いと思います。 以上書き出したものはウィトゲンシュタインが発表する気では無かった、日記や雑記や草稿ばかりであります。発表したものより読みやすいというのもなかなか不思議な話ではあると思います。さて最後に『素晴らしき日々』の下敷きとなった『論考』の読み方ですが、当然いきなり読んでも理解出来るものではありません。もっとも良いのはブックガイドに記したウィトゲンシュタインの関連の書籍をすべてあたった後、本丸である『論考』を攻めるというというやり方です。が、言ってる本人が言うのも何ですけど、そんなもんやらなくて良いと思います(どっちやねん!)。最短ルートはいろいろな方法があると思いますが、ただ読む順序としては以下の通りがもっとも楽であり、最短であると思います。

●『ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を読む』野矢茂樹/著(ちくま学芸文庫)

●『論理哲学論考』野矢茂樹/翻訳(岩波文庫)なんやかんやいって野矢版の『論考』はもっとも分かりやすく、かつ入門書と併せて読めるので理解しやすいです。これで分からない場合は、他の入門書や解説本を増やし続けながら、何度も『論考』にアタックをかけるといった感じがよろしいと思います。 入門書はここで挙げたもの以外にもいくらでもあります。アンソニー・ケニーの『ウィトゲンシュタイン』野本和幸/翻訳(法政大学出版局)、A・C・クレーリングの『ウィトゲンシュタイン』岩坂彰翻訳(講談社選書メチエ)……お好きなだけ積み上げてくださいまし……

まとめ

さて本当に最後に、ここまで語ったすかぢさんは『論考』をどの程度理解してますか?という事になりますが、その答えは「全然分かりません」です(笑)。未だに入門書と解説書を増やしながら何度もアタックをかけては敗北しているといった感じです。

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